こんにちは、かわほりプリベントの山岸です。
この記事は、コウモリ関係の論文を紹介して考察してみるシリーズ、第4回です。
今回紹介する論文は、Ruczyński(ルチンスキー)らによるヨーロッパヤマコウモリの論文『The sensory basis of roost finding in a forest bat, Nyctalus noctula』です。
わかりやすく言うと『ヤマコウモリはどの感覚を使って樹洞を見つけるのか?』という研究です。
日本のヤマコウモリとの圧倒的なスペック差
まず前提として、この論文の対象はヨーロッパに生息するヨーロッパヤマコウモリ(学名:Nyctalus noctula)です 。
しかし、私たちが現場で出会う日本のヤマコウモリ(学名:Nyctalus aviator)とは、以下のようにサイズが大きく異なります。
欧州種と日本種のサイズ比較:前腕長と体重の違い
- ヨーロッパヤマコウモリ:前腕長 47-58 mm、体重 19-40 g
- 日本のヤマコウモリ:前腕長 58-64 mm、体重 40-60 g
特徴:重量級ゆえの「小回りの利かなさ」が探索を難しくする
日本のヤマコウモリは、日本のコウモリ界で最大級の重量級です。
特徴は、身体が大きく、高速飛行にも特化してもいるため、小回りが利かず、狭い森の中で「家」を探すのはヨーロッパ種以上に大変であることを想像しながら読んでみてください。
この記事のポイント(1分でわかるまとめ)
- 「音」だけでは入り口が見つからない
- 樹皮の凸凹による音の乱反射(ノイズ)が、入り口という微弱な信号をかき消してしまう
- 驚きの「這い回り」探索
- 樹洞発見の約88%が、木に降りて這い回っている時に行われる
- 不器用さを補う「盗み聞き」
- 自力での探索が難しいため、先に入居している仲間の声を「盗聴(イーブスドロップ)」して家を見つける

論文解説:ヤマコウモリはどの感覚を頼りに「家」を探すのか?
調査の目的:複雑な樹皮から小さな穴を見つけ出すヒント
多くの森林性コウモリは、捕食者や寄生虫を避けるために1〜3日ごとにねぐらを変えます。
しかし、高速飛行が得意で小回りが苦手なヤマコウモリ(Nyctalus noctula)にとって、複雑な樹皮の中から小さな穴を見つけ出すのは困難であると予想されていました。
著者らは、ヤマコウモリが「どの感覚」を頼りに新しい家(ねぐら)を見つけるのかを、非社会的な手がかり(音・光・熱)と社会的な手がかり(声・匂い)の観点から明らかにすることを目的としました。
実験デザイン:音・光・熱・声・匂いの5条件を検証
ポーランドのビャウォヴィエジャ原生林で捕獲された野生個体11匹を使い、自然に近い飛行室内(5.3m x 6.9m x 高さ3.4m)で実験を行いました。
- 実験装置
- 中央に本物のハンノキの丸太を置き、直径4.5 cmの入り口を持つ人工樹洞を作成しました。
- 検証した5つの条件
- エコーロケーションのみ(E):完全な暗闇での探索
- 視覚を追加(VE):薄明かり(日没後を想定した5.4-13ルクス)を照射
- 温度を追加(TE):樹洞内を周囲より平均6.8度加熱
- 仲間の声を追加(AE):樹洞内から他個体のエコーロケーション声を再生
- 嗅覚を追加(OE):自分の匂いがついた布と糞を樹洞内に設置
驚愕の結果:飛行中の発見はわずか12%という不器用さ
348回の試行により、以下の数値が得られました。
- 「這い回り」での発見が主流
- 飛行中に樹洞を特定できたのはわずか12.2%(範囲7-22%)でした。残りの約88%は、一度木に降りて「這い回り」ながら発見していました。
- 「声」が最強のガイド
- 仲間の声が聞こえる場合、発見までの検索時間は平均38秒から20秒へと約半分に短縮されました(統計的に有意な差:P=0.009)。
- 視覚や嗅覚は効果なし
- 明るさを提供したり、匂いを置いたりしても、発見のスピードや確率は向上しませんでした。温度(TE)については、這い回っている最中の発見を早める傾向は見られましたが、厳密な補正をかけると有意性は失われました。
論文著者らの考察
著者らは、ヤマコウモリにとって「エコーロケーションだけで樹洞を見つける」のは、樹皮という不規則な表面構造からの巨大な反射音(ノイズ)が、入り口からの微弱な信号を消してしまうため、物理的に極めて困難であると結論付けました。
この困難を克服するため、ヤマコウモリは以下の2つの解決策をとっていると考えられます。
- 不器用な物理スキャン
- 空から見つけるのを諦め、木に降りて数センチの距離からしらみつぶしに探す(這い回り行動)
- 盗聴
- 自力で探すエネルギーを節約するため、他人の出入り(声)を頼りに場所を特定する 。
- 著者らは、この「自力で探すのが難しい」という制約こそが、コウモリを社会的な動物へと向かわせた要因の一つであると指摘しています 。
深掘り考察|音響物理が語るコウモリの「見えない壁」
樹皮の「ノイズ」が入り口の「信号」をかき消す現象
音響物理的な視点で見ると、ヤマコウモリのこの不器用さはS/N比(信号とノイズの比率)の問題にあるようです。
ガサガサした樹皮は、音響的には巨大な「砂嵐」のようなものです。飛行中の距離では、穴の入り口という小さな信号はその砂嵐に完全に埋もれてしまいます。
さらにヤマコウモリは、ウサギコウモリのように空中で静止(ホバリング)して音を当てる微調整ができません。
結果として、「一度降りて、ノイズの影響を受けない至近距離までセンサーを近づけてスキャンする」という、不器用というか泥臭い戦術が彼らにとっての最適解となったのです。
現場もやる研究者の眼:なぜ彼らは新幹線の高架橋を選ぶのか
探索コストの削減:コンクリートは音響的に「見つけやすい」
日本ではまれにヤマコウモリ(Nyctalus aviator)が新幹線の高架橋の隙間などを利用することが報告されています。
これはまさにこの「探索コスト」が原因でしょう。
荒い樹皮に隠れた穴を「這い回って」探すのは、巨体な日本のヤマコウモリにとっては気が遠くなる作業です。 また、そもそも樹洞がある大木も減っていますから、さらに困難です。
一方、コンクリートの高架橋は表面が平らでエコーが樹皮に比べてクリアで隙間が見つけやすい。その隙間も規則的に並んでいます。
長野県内の実例:人工建造物への定着と「シナントロープ化」
不器用な彼らにとって、これほど見つけやすい「家」はありません。彼らが人工物に依存するシナントロープ化したとしても、生存戦略上の必然なのです。


盗聴が支えるコミュニティ:高架橋に集まるコウモリたちの真実
ヤマコウモリは本来、ねぐらを頻繁に変える種ですが、人工建造物を利用し始めると、長期間そこに定着する傾向が見られます。
「一度見つけた見つけやすい物件」には執着する。そして、その場所に集まる仲間の声を「盗み聞き」して、さらに多くの個体が集まってくる。
私は長野市のある新幹線高架橋の隙間で、他のコウモリより明らかに大きなヤマコウモリがすき間に混ざっているのを現場で目撃したことがあります。
高架橋に密集するさまざまなコウモリたちの光景は、彼らが「家探しの下手さ」を社会性と人工物利用で克服した姿だったかもしれません。
よくある質問FAQ
音響物理的に、飛行中の距離では「樹皮のノイズ」に信号が埋もれてしまうからです。数センチまで近づかないと、彼らほどの高感度センサーでも「入り口」を特定できないのです。
樹洞では捕食や寄生虫を避けるために1〜3日という過酷な頻度で移動するといわれています。しかし、新幹線の高架橋のような「見つけやすく安定したネグラ」を見つけた場合、移動コストを抑えるために定着する傾向があります。
論文では、意図的なコミュニケーションの可能性だけでなく、単に他人が発している声を勝手に聴いて利用する「盗聴(イーブスドロップ)」という側面が強いと指摘されています。面白いですね。
いいえ、鳥獣保護管理法により、許可なく捕獲や殺傷をすることは禁止されています。(違法行為となります)。
「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護管理法)」この法律の第8条により、「鳥獣及び鳥類の卵は、捕獲等(捕獲または殺傷)をしてはならない」と定められています。
学術研究や、生活環境・農林水産業への被害防止(やむを得ない駆除)などの目的がある場合に限り、環境大臣または都道府県知事の「許可」を得れば捕獲・殺処分などが可能になります。
法律については以下の環境省のサイトをご覧ください。
参考文献・資料リスト
Ruczyński, I., Kalko, E. K. V., & Siemers, B. M. (2007). The sensory basis of roost finding in a forest bat, Nyctalus noctula. Journal of Experimental Biology, 210, 3607–3615. https://doi.org/10.1242/jeb.009837
この記事の執筆者・監修者
山岸 淳一 (Junichi Yamagishi)
長野県を拠点に活動する「野生動物の仕分け屋」。かわほりプリベント代表。動物と人間との曖昧になった境界線を整えることを使命とし、重要文化財から一般宅まで実績多数。SBC信越放送「もっとまつもと!」にレギュラー出演中。三度の飯よりコウモリが好き。
