結論:コウモリ駆除に忌避スプレーは推奨できません。
・理由1 外壁にナイトルースト対策の忌避剤として使う場合、効果時間が3~6時間と短すぎる。頻繁にスプレーすると、外壁を傷めるリスクがある。
・理由2 コウモリの追い出し駆除に使う場合、コウモリはパニックになり、一部のコウモリは壁の中や隙間に逃げ込んで、建物内で死亡するリスクがある。そうなると死体を除去することはほぼ不可能。
・理由3 スプレーをして追い出したコウモリも、数時間後にはまた戻ってくる可能性大。
私は長年長野県でコウモリ対策をおこなっているのですが、しばしば「コウモリスプレーは効果がありますか?」という質問をいただきます。
ホームセンターやドラッグストアで手軽に購入できる「コウモリ駆除スプレー」「コウモリ忌避スプレー」の効果に期待を抱く方も多いと思います。
この記事では、長野県でコウモリ駆除を行う専門家として、コウモリ忌避スプレーの効果やそのリスクについて、科学的根拠を基に詳しく解説します。
コウモリスプレーの成分と効果を分析
まず、コウモリ対策スプレーの成分から見ていきます。
一番売れており手に入りやすい「イカリ消毒 スーパーコウモリジェット コウモリ忌避スプレー」の製品安全データ(SDS)を基に詳しく確認していきましょう。
コウモリスプレーは、コウモリが嫌がる強い香りを利用して追い払うことを目的とした製品です。
成分構成は、有効成分:ハッカ油(ミントオイル)、溶剤:イソプロパノール(IPA)、噴射剤:液化石油ガス(LPG)及び炭酸ガス。
ハッカ油で香りをだして、溶剤としてイソプロパノールというアルコールを加えて、液化石油ガスと炭酸ガスで勢いよく噴射するという理論の製品です。
現在日本国内において複数のコウモリ対策用スプレーが販売されていますが、総じて同じような成分構成です。
ということは、どれも効果は似たようなものでしょうから、この記事では特定の製品のみを対象とした記事ではなく、ハッカ油を有効成分としたスプレー式コウモリ対策製品すべてをひとくくりにして、「コウモリスプレー」として解説していきたいと思います。
外壁のコウモリのナイトルースト対策には厳しい理由
裏面ラベルを見てみましょう。
小さい字で、効果は3~6時間持続って……。
効果期間がめっちゃ短いですね。スプレーした翌日には効果が消えているということになります。これは「コウモリスプレーは効かない」という人がいてもおかしくないですね。
いや、そもそもコウモリは夜行性です。夕方に活動をはじめ、明け方にねぐらへ帰り、昼間は寝ている動物です。10時間~12時間ほど活動しているのです。
そして、外壁にコウモリが休憩して糞尿被害が起きるのは夜なのですから、外壁へのコウモリナイトルースト対策としてスプレーを使う場合、一晩に何回もスプレーをする必要があるということです。(3時間として3~4回?)
いくらなんでも夕方から3時間おきにスプレーする、それを毎日続けるということは、現実的にかなり厳しいのではないでしょうか。コウモリはいいけど、人間はいつ寝るんですか。
また、それだけ頻繁に外壁へスプレーを使用してしまうと、外壁塗装が傷んでしまう可能性があります。(製品裏側のラベルに注意事項として樹脂、漆喰、石材などは変色変形する可能性があることが明記されています)
いずれにせよ、これでは外壁へのスプレーは長期的な解決策にならないことがはっきりしました。
次は建物内の追い出し駆除にスプレーを使った場合を検証していきます。
コウモリの追い出し駆除にスプレーを使った場合
例えば、天井裏にコウモリが棲みついている場合、コウモリスプレーを天井裏や隙間から使用することで、ワーッと一時的にコウモリが逃げ出す姿は確認できるでしょう。
それを見て、「コウモリは追い出せました!駆除ができました」と思う方もいるでしょう。
しかし、本当にコウモリは全部、建物から追い出せたのでしょうか?そうとは限りません。
コウモリスプレーをしたとしても、すべてのコウモリが人間の思い通りに外へ出て行ってくれるとは限りません。パニックになり、壁の中や断熱材の中に逃げ込み、建物から出られないコウモリが発生するリスクがあるのです。
動物行動学からみたコウモリの逃避行動
スプレーをすることでコウモリが建物から出られなくなってしまうリスクは、以下の2つの動物行動学の海外論文から推察ができます。
論文1.動物は危険に陥ると、同じ方向に逃げることは稀であり、個々が異なる方向に逃げることで生存確率を高めている。
Dill, L. M., & Houtman, R. (1989).「ハイイロリスにおける逃避開始距離に対する避難場所までの距離の影響」
論文2.コウモリは、強い刺激を受けるとパニック状態に陥り、必ずしも安全な方向へ逃げてくれるとは限らず、最も近くて安全だと感じる隙間や暗所に逃げ込むことがある。
Smith, A. L., & Russo, D. (2007).「捕食リスクに対するコウモリの逃避行動」
これらの研究からもわかるように、コウモリがスプレーのような危険が迫った時にどういう行動をするのかをいうと、「どこにいくのか、人間には(いやコウモリ自身にも)わからん」ということです。
少なくとも、スプレーをした方向へ全頭が逃げるとは限りません。
安全だと感じる近くの隙間や断熱材の中に逃げ込むコウモリ、スプレーから遠ざかるように奥へ奥へと逃げ込むコウモリ、パニックになり飛び回るコウモリ、体調が悪くなり動けないコウモリ、いろいろな状況になる可能性が容易に想像できます。
コウモリスプレーをすれば、建物内からコウモリがぜんぶ出ていくなんて、人間の勝手な思い込みにすぎないのです。
人間だってそうです。
満員電車の車内で、突然変な臭いがしたとします。電車の中の人間は、みんな同じ方向の出口へ向かって一斉に動きますか?そんなことはありえません。
パニックになる人、右へ走る人、左へ走る人、どうしたらいいかわからずしゃがみ込む人、その日に具合が悪い人はその場から動けないかもしれません。鼻炎の人は「あ?なんにも臭わんぞ」と怪訝の表情で椅子に座ったままかもしれません。(コウモリだって風邪ひきますからね)
コウモリだから一斉に全部同じ方向へ外へ逃げていくなんてありえない。人間だって個性があるように、コウモリにだって個性があり、事情があるんです。
下の図はコウモリの逃避行動をシミュレーションした図ですが、複数の行動ルート(予測不能ルート)に移動することが描かれており、コウモリがパニック状態で異なる方向に逃げ込む可能性を示しています。
スプレーを使用すると、必ずしもすべてのコウモリを安全に追い出せるとは限らないのです。
参考論文リンク:
Dill, L. M., & Houtman, R. (1989). The influence of distance to refuge on flight initiation distance in the gray squirrel (Sciurus carolinensis). Canadian Journal of Zoology.
論文へのリンク(Simon Fraser University)
Smith, A. L., & Russo, D. (2007). Escape behavior of bats in response to predation risk. Behavioral Ecology and Sociobiology.
論文へのリンク(Eco&Soc)
スプレーによるコウモリの建物内死亡リスク
次に、忌避スプレーがコウモリに直接かかってしまうとどうなるでしょうか。
コウモリの翼は非常に薄く繊細で、飛行するためには翼が軽く乾燥している必要があります。
しかし、忌避スプレーの飛沫が直接コウモリにかかると、翼が濡れてしまい、飛行不能となります。
また、天井裏はホコリだらけです。スプレーで濡れた体には、ごみやほこりが付着します。
こうなると、コウモリは自力で安全な場所に逃げることができず、建物内部で死亡する可能性が高まっていきます。
建物内部で死亡したコウモリが引き起こす深刻な衛生リスク
建物内部でコウモリが死亡すると、どのような衛生問題が発生するのか解説します。
例えばコウモリが壁の中で死亡すると、どうなるのか。
・腐敗する
・ミイラ化する
死体は、臭気に引き寄せられるハエ、ミイラ化した死骸に群がるカツオブシムシなどが害虫の発生を引き起こします。
また、コウモリをスプレーで急に追い出すことは、コウモリを吸血して暮らしていた寄生虫やダニにとって、吸血先を失うということになるのです。
吸血先のコウモリを失った寄生虫やダニたちは、仕方なくその建物に住む人間やペットなどの新たな吸血先をさがします。こうしてダニ刺され被害が起きていくのです。
コウモリが生き埋めになり、壁の中で死亡した場合、取り除くことは大変な困難を伴います。
原因となっている壁の中の死骸を取り除くためには、内側の壁を壊すなどの大掛かりな作業が必要になり、修繕費用も大きな負担となります。
スプレーで追い出したコウモリは、また戻ってくる。
思い出してください。
コウモリスプレーの効果は3~6時間です。ラベルに書いてあります。
ということは、昼間コウモリにスプレーをして、慌てて出て行ったコウモリの姿を見たとしても、夜にはまた戻ってくる可能性が高いということです。
だって効果が3~6時間なんですから。
侵入口を塞がなければ、コウモリスプレーをしたところで、また戻ってくるだけです。意味がありません。
こうした問題を避けるためにはどうすれば良いのか、国際的なコウモリ保護団体の見解を確認してみましょう。
忌避剤使用に対する国際的なコウモリ保護団体の見解
世界の著名なコウモリ保護団体は、国際的なガイドラインで忌避剤やスプレーの使用に対して否定的な見解を表明しています。
1. Bat Conservation International (BCI)
Bat Conservation International (BCI) は、アメリカ合衆国テキサス州に本部を置くコウモリ保護団体です。BCIは、忌避剤の使用を推奨せず、代わりにコウモリ専用の出口設置を推奨しています。この方法は、コウモリが自然に建物外へ出て行き、再び戻ることができないようにするため、コウモリへのストレスを最小限に抑えることができます。
2. Bat Conservation Trust (BCT)
Bat Conservation Trust (BCT) は、イギリスに本部を置くコウモリ保護団体です。BCTも、忌避剤の使用を避けるよう推奨しており、出口やバリアなど安全な排除方法をガイドラインとして提供しています。これは、コウモリを無理に追い出すのではなく、安全に排除するための方法と強調しています。
3. Florida Fish and Wildlife Conservation Commission (FWC)
Florida Fish and Wildlife Conservation Commission (FWC) は、アメリカ合衆国フロリダ州の自然保護団体です。FWCは、忌避剤の使用を避け、物理的なバリアや専門家の助言を求めることを推奨しています。この組織は、コウモリを含む野生動物の保護と管理に関する幅広いガイドラインを提供しています。
各団体へのリンク
Bat Conservation International (BCI) – Official Website
Bat Conservation Trust (BCT) – Official Website
Florida Fish and Wildlife Conservation Commission (FWC) – Official Website
これらの団体が推奨するコウモリの追い出し方法について詳しく見ていきましょう。
推奨されるコウモリを追い出す方法とは
コウモリを効果的に排除するためには、コウモリが自然に出ていくような出口を作って追い出して、いなくなったあとで物理的に再侵入を防ぐことが国際的に推奨されています。
具体的には、一方通行の出口デバイスを設置する手法です。これはコウモリの習性に配慮した対応であり、最も安全で効果的です。
日本に生息する35種類のコウモリのうち、長野県では19種類が確認されています。
19種類もいると、体の大きさや行動パターンがそれぞれ異なるため、出口デバイスのサイズ、設置方法、角度などをコウモリの種類に合わせて変更や調整をする必要があります。
このために、コウモリに詳しい専門家による正確な判断と施工が必要になるのです。
結論:コウモリスプレーの使用は推奨しません。
以上のことから、私は専門家として、コウモリスプレーの使用は推奨しません。
使う場合は最小限にすべきであり、リスクを充分に理解してから使用すべきです。
みなさんがお困りになっている住宅は、みなさんがこれからもそこで暮らしていかなければならないのです。
壁の中でコウモリが生き埋めになったり、迷い込んだコウモリの死体が内部に残ってしまう危険をおかしてまで、スプレーで駆除を行う理由はないと思うんです。
安全で確実なコウモリ駆除を行うために、コウモリの専門家に相談をして、出口デバイスを設置してもらってください。その後に侵入経路を塞ぎましょう。この方法がもっとも間違いのない解決策です。
お読みいただき、ありがとうございました。