トコジラミ対策講義で伝えたこと:長野・松本合同庁舎での山小屋向け講習会を終えて

【トコジラミ対策講師・山岸淳一が登壇】北アルプス山小屋向け講習会レポート in 松本合同庁舎
長野県松本市

2025年6月5日、長野県松本市にある長野県松本合同庁舎松本保健所(保健福祉事務所)で「北アルプス山小屋友交会衛生講習会」が開催されました。この講習会で、私は北アルプスの山小屋運営者の方々を対象に、トコジラミ対策に関する講義を担当させていただきました。

2025年6月、松本合同庁舎で開催されたトコジラミ対策講習会のスライド投影
▲ 2025年6月、松本合同庁舎にて開催されたトコジラミ対策講習会の様子(スライド投影)

北アルプス、特に上高地を含むこの山岳地域と、私は10年以上にわたる関わりの中で、その衛生意識と持続可能な山岳観光への高い意識に常に感銘を受けています。私自身、これまでも何度か講師としてお招きいただいていますが、山小屋関係者の皆さんの知識レベルと、最新情報を吸収しようとする熱意は、並大抵のものではありません。時には、専門の駆除業者よりもはるかに深い知識をお持ちだと感じるほどです。

目次

「山全体で守る」という北アルプス独自の取り組み

トコジラミは非常に小さな虫ですが、ひとたび発生すれば、その影響は甚大です。刺されると激しいかゆみが続き、睡眠を妨げられることもあります。宿泊施設にとっては、利用者の信頼を損なう死活問題にもなりかねません。

北アルプス独自の考え方

北アルプスの山小屋では、トコジラミ対策において「完全に持ち込ませない」ことよりも、「持ち込まれても、広げない」ことに重点を置いています。完全に防ぐことは困難であるという現実を受け入れ、だからこそ、発見時の迅速な対応、そして日頃からの予防が何よりも重要だと考えているのです。

この山域の最大の特徴は、個々の山小屋に留まらず、「山全体で被害を出さない」という強い意識のもと、情報共有と行動の統一が図られている点です。これは、他の地域ではなかなか見られない、北アルプス独自の素晴らしい文化だと感じています。

講義で伝えた「現場で役立つ」トコジラミ対策

今回の講義は、以下の4つのパートに分けて進めました。

  • 知識編:トコジラミの特徴と生態
  • 対応編:発生時の初動と、宿泊者への対応
  • 事例編:別荘や民宿での実例と薬剤処理
  • 実践編:最新薬剤の効果と年間を通した使い分けスケジュール
トコジラミ対策講習会の資料として使用した実体樹脂標本の画像
▲ 講義で資料として使用した、トコジラミの実体樹脂標本。実際の大きさを目で確認できます。

参加者の皆さんは、真剣な眼差しで、現場のリアルな課題に向き合っていました。「薬剤の持続効果について知りたい」「燻煙系薬剤と液体系薬剤の使い分けを教えてほしい」「トコジラミの薬剤と忌避行動について」といった具体的な質問が飛び交い、その切実さが伝わってきました。

特に注目を集めたのは、新しい殺虫剤(ブロフラニリド)の活用法です。メーカーの説明と実際の効果には差があることを踏まえ、私が昨シーズンの実使用で得た記録と経験に基づき、即効性、持続性、そして適切な使い分けについて詳細に説明しました。

山小屋という特殊な環境だからこそ「その場でできること」

トコジラミが発生した場合、専門業者がすぐに駆けつけられる都市部とは異なり、山小屋はアクセスに時間がかかる特殊な環境にあります。標高が高く、交通手段も限られるため、迅速な対応が難しいのが現実です。

現場での行動の重要性

だからこそ、「その場でできること」を現場のスタッフが熟知しているかどうかが、被害を拡大させるか、最小限に抑えるかの分かれ目になります。隔離、観察、記録、薬剤処理、荷物の管理――これら一つひとつは決して難しいことではありません。

しかし、いざという時に迷わず動けるよう、あらかじめ行動フローを明確にしておくことが不可欠です。

講習では、即時の判断に役立つ行動フローを参加者の皆さんに配布しました。これは、現場で働く方々が冷静かつ迅速に対応できるよう、迷わず動くための「道しるべ」となるものです。

海外の山小屋から学ぶ、そして最適化する

私は海外の山岳地域で働く同業者とも常に情報交換を行っています。ヨーロッパや北米の山小屋でも、トコジラミ対策は重要な課題であり、入山時の注意喚起看板の設置や、荷物を専用エリアに制限する運用など、様々な工夫が見られます。

日本でも参考になる点は多々ありますが、乾燥機の設置状況や個室ベースの構造など、環境条件が異なるため、すべてをそのまま真似することはできません。しかし、「広げない」という行動原則は、世界共通の重要な考え方です。

北アルプスでは、この原則を土台に、日本の山小屋の現実的な運用に落とし込もうとする努力が続けられています。

最新の研究と現場の知見を「山小屋仕様」に

私の専門はコウモリで、その寄生虫であるコウモリトコジラミの研究もしています。このフィールドワークで培った様々な種類のトコジラミに関する実験データや薬剤データは、今回の講義にも活かされています。

また、トコジラミはカメムシの仲間であることから、大手薬剤メーカーとカメムシ対策の研究を行った経験も、今では非常に役立っています。特に今回は、新薬剤が発売されて初めてのシーズンデータが集まったため、その最新の知見と私の実体験に基づき、新薬剤の効果を最大限に引き出す「山小屋仕様」の最適化案について詳しく解説させていただきました。

講義で使ったトコジラミ対策用の殺虫剤3種類(ベクトロンSP/コックローチME/サフロチンMC)の画像
▲ 講義で解説した、トコジラミ対策に有効な3種類の殺虫剤(ベクトロンSP/コックローチME/サフロチンMC)

登山者の安心を守るために

トコジラミを完全に防ぐことは困難ですが、被害を最小限に食い止めることは可能です。その鍵は、日頃からの周到な準備と、現場での的確な判断力に他なりません。

今回の講習が、北アルプスの山小屋で働く方々にとって、少しでも実践的な手助けとなることを心から願っています。登山者の皆さんが安心して眠り、そして「また来年もこの山に来たい」と思ってもらえるよう、私もできる限りのサポートを続けていきたいと考えています。

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かわほりプリベント代表・山岸淳一が、長年の経験と最新の知見に基づき、お客様のお困り事を解決いたします。どんな些細なことでも、まずはお気軽にご相談ください。

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