こんにちは。長野県でコウモリの生態調査と野生生物の建築物侵入メカニズムを専門に研究している、かわほりプリベント代表の山岸淳一です。長野県におけるコウモリ・野生動物対策の専門研究機関として、科学的エビデンスに基づいた正確な情報をお届けします。
このコウモリ関係の論文を紹介して考察してみるシリーズの記事、今回で3回目です。
今回紹介する論文は、Jesús R. Hernández-Monteroらによる『Free-ranging bats combine three different cognitive processes for roost localization(野生のコウモリは、ねぐらの位置を特定するために3つの異なる認知プロセスを組み合わせる)』です。
この記事でわかること(1分でわかるまとめ)
- 新しいねぐらを探すとき
- エコーロケーション(超音波の反響音)で得た音の手がかりを学習して判断する
- 一度使ったねぐらに戻るとき
- 目印よりも「場所そのものの記憶(空間記憶)」を優先する
- なぜその戦略なのか
- 「見つかったら終わり」という隠密特化の生存戦略が、飛び立つ前に周囲を把握する高度な能力を進化させた

イントロダクション:暗闇の中で「正しい穴」を見つける難しさ
森林に棲むコウモリたちにとって、安全なねぐら(樹洞など)を見つけることは、生存と繁殖において非常に重要です。しかし、暗闇の中では視覚が使えず、エコーロケーション(超音波を出してその反響音で周囲を把握する能力)が届く範囲にも限界があります。
「コウモリはいつもエコーロケーションだけを頼りに飛んでいる」と思われがちですが、実際には過去の記憶や仲間の行動も巧みに活用しています。本論文では、野生のベヒシュタインホオヒゲコウモリ(Myotis bechsteinii)を対象に、複数の認知プロセスをどう使い分けているかを野外実験で明らかにしました。
本研究の概要
本研究の結果、ベヒシュタインホオヒゲコウモリがねぐらを探す際に、状況に応じて次の3つの認知プロセスを階層的(優先順位をつけて)に使い分けていることが判明しました。
| 認知プロセス | 意味 | 主な使われ方 |
|---|---|---|
| 連合学習 | 特定の音の手がかりと「入れるねぐら」を結びつける学習 | 新しいねぐらを探すとき |
| 空間記憶 | 場所そのものの記憶(座標・位置感覚) | 一度使ったねぐらに戻るとき |
| 社会的情報 | 仲間の行動から得る情報 | 未知のねぐらを効率よく発見するとき |
研究をわかりやすく解説してみる
1. 研究の目的
野生のコウモリが自然環境下で、上記3つの認知プロセスをどのように組み合わせて「ねぐらの位置特定」を行っているかを明らかにすること。
2. 研究の方法
著者らは、ドイツの森林に棲む2つのコロニー(群れ)のメスのコウモリ合計34頭(ICタグで個体識別済み)を対象に野外実験を行いました。
実験装置の設計
「入れる巣箱(適したねぐら)」と「網で塞がれた巣箱(不適なねぐら)」をセットにし、同じ木に25 cmの間隔を開けて合計10セット(20個の巣箱)設置しました。
音の手がかりを与える実験(連合学習のテスト)
それぞれの巣箱に異なるサイズのアクリル半球を取り付け、エコーロケーションによる反射音(音響的な手がかり)に差を設けました。
- 適した巣箱 → 半径40 mmの半球
- 不適な巣箱 → 半径50 mmの半球
位置の入れ替え(空間記憶のテスト)
コウモリが「適した巣箱」を1日以上使った後、同じ木の中で適した巣箱と不適な巣箱の左右の配置を入れ替えました。「音の手がかり」と「場所の記憶」のどちらを優先するかを調べるためです。
データの記録
巣箱の入り口に自動ICタグロガーを設置し、19:00〜07:00の間、どのコウモリがいつ訪れたかを連続で記録しました。
3. 研究の結果
① 連合学習の確認
経験を積むにつれ、コウモリたちは「半径40 mmの反射音 = 入れる巣箱」という対応を学習しました。新しいセットの巣箱に対しても、適した巣箱(40 mm側)から先にアプローチする確率が有意に高くなりました。
② 空間記憶の優位性
左右の配置を入れ替えた後、コウモリたちは「音の手がかり(40 mm側)」を追うのではなく、以前に適した巣箱があった「場所」(現在は50 mmの不適な巣箱がある側)を優先して訪れました。「目印が変わっていても、場所の記憶の方が優先される」という結果です。
③ 社会的情報の利用
先に到着したコウモリから1分(60秒)以内に別の個体が到着するケースで、未知の適したねぐらを発見する回数が単独時よりも有意に多くなりました。仲間の行動が「ここに良いねぐらがある」というシグナルとして機能していることが示されました。
4. 著者らの考察
著者らは、コウモリは状況に応じて認知プロセスを階層的に利用していると結論づけています。
新しい場所を探すときは「連合学習」が有効。しかし、一度安全を確認したねぐらは空間的・時間的に安定して存在と認識されているため、その場所を再発見する際には「空間記憶」を優先する。経験則(ルール・オブ・サム)である。
深掘り考察:あなたの家にコウモリが毎日戻って来れる理由

コウモリは脳の使い方を切り替える必要性があった
研究で発見されたコウモリの行動プロセスとルールを、私なりに考えてみます。
動物が自然界を生き抜くための大原則は「いかにエネルギーの無駄遣いを減らすか」です。これは動物の大命題です。
そして、コウモリの飛行は莫大なエネルギーを消費します。エコーロケーションが鮮明に機能する範囲はせいぜい数メートル先程度です。たとえるなら、「真っ暗闇の中、届く距離が極端に短い懐中電灯だけを持って空を飛んでいる状態」です。
やみくもに飛び回ってねぐらを探せば、あっという間にエネルギー切れになります。だからこそ、状況に応じて脳の使い方を切り替える高度な戦略が進化しました。
動物にとって「いつもと同じ場所 = 安全」という心理
動物行動学には「新奇物恐怖(ネオフォビア)」という概念があります。攻撃力も防御力も持たないコウモリにとって、未知の変化(昨日と違う目印など)は「捕食者がいるかもしれない」という死のリスクに直結します。
だからこそ、「昨日まで安全にやり過ごせた場所は、今日も安全である確率が最も高い」という優先判断が根付いています。樹洞や巣箱は、明日になったら突然移動するものではないからです。
ルール・オブ・サム(経験則)による効率化
この「いつもと同じ = 安全」という前提を実行するためのショートカットが、「ルール・オブ・サム(経験則)」です。
毎日帰る自分の家を想像してみてください。玄関の表札を毎回じっくり確認してからドアを開けますか? おそらくしませんよね。景色や曲がり角の感覚(空間記憶)で、無意識に足が向くはずです。
コウモリも同じです。毎回エコーの反射音をゼロからスキャンして安全を確認し直すのは、時間もエネルギーも浪費します。「場所がいつもと同じなら、そこは安全なはずだ」という経験則を最優先に適用する方が合理的なのです。
今回の実験で「目印(アクリル半球)がすり替わっているのに、元の場所(空間記憶)を優先した」というのも、まさにこれです。「目印が違う」というイレギュラーよりも、「場所が同じ」という安全の絶対条件を優先した結果です。
かわほりプリベント山岸淳一の「現場をやる研究者の眼」
論文では「状況に応じて認知プロセスの優先順位が変わる」と結論づけられていますが、この切り替えは、私が現場で対峙しているコウモリの行動にも明確に現れています。
空間マップは、一時的にリセットされるという仮説
学術目的の捕獲調査でコウモリを捕獲した際、我々はコウモリを落ち着かせるために一時的に布袋に入れておきます。1頭1頭計測し、また布袋に入れ、全部のコウモリの計測が終わった後に、すべてのコウモリを放獣します。コウモリの計測手法としては正しく、コウモリに極力負担がないようにと配慮した行為です。
この際、この袋に入れるという行為は、彼らの視覚を遮断し、頭の中の「空間マップ(空間記憶)」を一時的にリセットさせてしまう行為なのかもしれません。
計測後に袋からパッと出された瞬間、彼らは「地図がない状態」に放り出されます。そのとき、パニックになって逃げることもできるはずです。しかし大抵の場合、彼らはそうしません。
例えばアブラコウモリは、彼らは鼻をひくひくさせて匂いを確認しつつ、口をわずかに開けて見えない超音波(エコーロケーション)を周囲に放射し、まずは周囲の空間構造を把握すること(マップを作り直すこと)から始めることが多いのです。
犬や猫ならパニックで即座に逃げ出す場面でも、コウモリは体温が上がり切ってなお、その場に留まり周囲を測り続けることがあります。
他の動物では考えられないこの慎重さこそが、彼らが徹底して『隠れる』ことで生き延びてきた証拠なのです。

なぜ「やみくもに逃げる」より「空間を把握すること」を優先するのか。
私が考えている理由のひとつは、コウモリのニッチ適応してきた過程にあります。
コウモリは、夜に飛ぶことに特化した結果、その代償(主に軽量化とエコロケーションの獲得)として攻撃力も防御力も手放しました。逃げ足も特別速いわけではありません。彼らは「隠れること」に特化して生き延びてきた生き物であり、天敵に見つかったらその時点でほぼ終わりです。
地図がないままパニックで逃げても死ぬ確率が高い。それなら、まずエコーで周囲を精密に測り、ある程度状況を把握してから行動した方が良い。そうした性質の遺伝子を持つ個体だけが生き残ってきた名残とも考えられます。
空間記憶がリセットされたら、即座にエコーでのマッピングを最優先する。 本論文が示す「認知プロセスの優先順位」は、現場でも垣間見えるコウモリの性質なのです。
この研究が現場で応用できること。外壁のナイトルースト対策技術への応用
この研究は、私がコウモリ対策の現場や対策手法について考えるうえで、大きな参考になっています。
コウモリの行動と認知には、優先順位があり、ねぐらへの帰巣行動についてもコウモリのルールがあり、場所そのものの記憶(空間記憶)を優先する。
これは私のコウモリの外壁被害対策製品の研究においてとても大きなヒントになります。なぜなら、コウモリのナイトルーストなど住宅の外壁へとまってぶら下がる行動には、コウモリの行動ルールとパターンに対する考察が不可欠だからです。
我々のようなコウモリ対策の専門家は、時としてコウモリの個としてのねぐらへの執着に重きを置きすぎる場合があります。そして悩むときがあります。しかし、こういった研究を読むことで、私も自分の勝手な解決への地図をリセットし、上書きすることができます。
この素晴らしい研究結果を参考とさせていただき、今後もコウモリ被害対策の現場と研究を続けたいと思います。
この研究を行ってくださった論文著者のエルナンデス=モンテロさんらに、心より感謝申し上げるとともに、深く敬意を表します。

よくある質問(FAQ)
いいえ、目が見えないわけではありません。ただし、暗闇での高速移動や小さな虫の捕獲には視覚だけでは不十分なため、エコーロケーション(反響定位)という音響センサーを併用しています。本論文が示すように、視覚やエコーの限界を「空間記憶」で補うのが彼らの賢いところです。
はい。特にコロニー(群れ)を作るコウモリは社会性が高く、仲間の行動を手がかりに新しいねぐらの位置を特定することがわかっています。攻撃力も防御力もない彼らにとって、仲間同士で情報を共有することは重要な自衛手段です。
戻ってくる要因としてはいくつ要因がありますが、その中の大きなひとつです。
一度「安全で快適」と認識した場所の空間記憶を強く持っているため、ただ追い出すだけでは脳内マップを頼りに戻ってこようとします。
だからこそ、追い出すこと、出入りの穴を封鎖すること、外壁にコウモリが止まらせないようにする対策が必要です。
私が行っている具体的な対策方法ついてはこちらのページをご覧ください。
はい、原則として禁止されています(違法行為となります)。
「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護管理法)」この法律の第8条により、「鳥獣及び鳥類の卵は、捕獲等(捕獲または殺傷)をしてはならない」と定められています。
学術研究や、生活環境・農林水産業への被害防止(やむを得ない駆除)などの目的がある場合に限り、環境大臣または都道府県知事の「許可」を得れば捕獲・駆除が可能になります。
詳しくはお住いの市町村、都道府県の野生鳥獣担当係へお問合せください。また、法律については下記の環境省リンクを参考にしてください。
参考文献・資料リスト
- Hernández-Montero, J.R., Reusch, C., Simon, R. et al. Free-ranging bats combine three different cognitive processes for roost localization. Oecologia 192, 979–988 (2020). https://doi.org/10.1007/s00442-020-04634-8
この記事の執筆者・監修者
山岸 淳一 (Junichi Yamagishi)
かわほりプリベント代表。長野県を拠点に、コウモリや野生動物の研究をしながら、駆除対策の依頼には直接現場で対応している。動物と人間との間に生じた曖昧な境界線を整えることが使命。研究の専門領域は、長野県に生息するコウモリの生態研究(特に上高地や乗鞍高原など山岳地帯の希少種コウモリ)と、コウモリや野生生物の住宅や建築物への侵入メカニズムの解析研究。ハウスメーカー住宅から大学病院、重要文化財、古墳まで駆除対策の実績多数。SBC信越放送ラジオ「かわほり先生の生き物万歳」(毎月第4木曜)にレギュラー出演中。三度の飯よりコウモリが好き。
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